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そのお子さまの笑った顔が見たいから。LITALICOジュニアで働く僕がお子さまの笑顔にこだわる理由

大阪にあるLITALICOジュニア京橋教室の扉を開けると、ひときわ元気な声が聞こえてくる。声の主は中尾勇守(なかお ゆうま、以下 中尾)。会うとこちらまで元気をもらえる教室のお兄さん的存在。

今回はそんな中尾のストーリーを紹介します。

※LITALICOジュニア(https://junior.litalico.jp/)は、お子さま一人ひとりの得意や苦手を見つけ、それぞれの特性に応じた指導をおこなうソーシャルスキル&学習教室です。

子どもの頃の夢はかっこいい体育の先生

中尾には、幼い頃からずっと夢がありました。

幼稚園の頃、運動をする時にだけ来てくれる体育の先生がいたんです。その先生がめちゃくちゃかっこよくて、それからずっと将来は体育の先生になりたいと思ってました。

小、中、高とバスケ部で運動に打ち込み、大学では、夢だった体育の先生になるためにスポーツ行動学科に進学。その後、教員採用試験にも無事合格し、晴れて、京都の中高一貫校の保健・体育の先生になり長年の夢を叶えた中尾。ところが、憧れの職場で感じたのは、理想と現実のギャップでした。

僕は、先生ってどれだけ目の前の生徒に対して熱くなれるかだと思っていたんですが、職場で評価されるのは要領よく授業をこなせる先生。まわりの先生たちとの温度差を感じました。

葛藤を抱えながら、気づけば3年が過ぎていました。学校からは、このまま専任の教員として勤務して欲しいという打診を受けましたが、ここで外に飛び出すことを決断します。

専任の教員にならないかという打診をされた時に、先が見えてしまった気がして、その時に、ここで安定していてはダメだと思ったんです。

自由で多様な学びの場 学童に感じた可能性

自分が本当にやりたいことは何だろう。キャリアを模索している時、ふと思い出したのは、子どもの頃に通っていた学童での思い出でした。

過去を振り返ると、自分が一番成長できた環境って学校でも家でもなく、学童だったなと思ったんです。遊びも勉強もできる。異年齢の子どもたちが集まっていて、障害がある子も一緒にいる。そんな自由度の高い環境に可能性を感じました。

将来、自分で学童みたいな場所をつくりたい。新しい目標が出来た中尾は、大阪のある地域で学童の指導員の求人を見つけてそこで働くことにしました。飛び込んだ学童の現場は最高に楽しかったと振り返る中尾。仕事を通して、毎日小学生と向き合っているうちに、子どもの成長により深く寄り添える初等教育の世界に魅力を感じたと言います。その後、もっと深く学びたいという思いから、通信制の大学に入りなおして、小学校の教職課程を学びました。

再び大学で学んでいく中で、教育実習の時、子どもに関わる仕事がしたいけど、自分がやりたいことは学校教育の現場ではないところにあるのではと思いました。

課程を修了して次の職場を探していた時、LITALICOジュニアと出会います。教員時代、不登校やイジメなど悩みを抱える生徒に不思議と慕われることが多くて、そんな生徒の力になることが自分のやりがいになっていたことを思い出しました。

何か、自分に出来ることがあるかもしれない。そうしてLITALICOへの入社を決めました。

今、そこにいるお子さまを笑顔にするために

これまで中学、高校の教員、小学生の学童指導員を経験してきた中尾が配属されたのは、LITALICOジュニア京橋教室の※児童発達支援。未就学のお子さまは未知の領域、初めはいろいろ大変なことも多かったのではと思いきや、とにかく全てが新鮮で楽しかったとと言います。

※児童発達支援とは
小学校就学前までの発達の気になるお子さまが支援を受けるための施設です。

未就学のお子さまは、とにかく素直で分かりやすい。こちらの提示が良かったら、喜んでくれるし、悪かったら無視されたり、泣いたりする。指導に入っている時はいつも、どうしたら目の前のお子さまを笑顔にすることができるかを考えてます。

時には、一生懸命考えた指導がお子さまに見向きもされないこともあります。

未就学のお子さまの場合、とにかく自分が変わらないと始まらないのでひたすらそのお子さまがどうしたら笑顔になるかを考えて試しての繰り返しですね。そんな風に試行錯誤することが好きなのかもしれません

アイディアマンの中尾は、オリジナル教材をつくることもあります。防災訓練の紙芝居をつくった際は、あまりのクオリティーの高さに教室内で話題となっていました。どうしてそこまでひとりひとりのお子さまに熱くなれるのでしょうか。

僕は「子どもたちのために」と言うより「その子のために」にがんばりたいという思いが強い気がします。だから、初めて会うお子さまに対しては、とりあえず色々な教材を試してみようという感覚なのですが、何度か会っていると、その子が好きなものが見えてくる。そうすると「この子のために何かしてあげたい」という思いがどんどん湧いてくるんです。

そんな、中尾の憧れの人は、世界中で愛されているコメディアンのチャールズチャップリン。
「笑い」に対しても中尾ならでは考えがありました。

笑えるって、強さだと思うんです。障害とか困難があったとしても、それを笑い飛ばせる強さを持って欲しいなと。

底抜けに明るい中尾だが、かつては、自分と他人との違いに悩むことも多かったそうです。自分自身が「笑い」に救われた経験から、「笑い」の可能性を信じているのかもしれません。

いつかは、朝ごはん「パン派」か「ごはん派」か程度の違いになれば

はつらつとした笑顔で仕事のやりがいを語る中尾に将来の展望を聞いてみました。

僕は、LITALICOの『障害のない社会をつくる』というビジョンがすごく好きで、ちがいや凸凹を抱える人達が、そこに負い目を感じることなく自信を持って生きられる世の中になればいいなと思っています。

中尾が考える「障害のない社会」は、ラベルがなくてもお互いが当たり前の存在としてちがいを認め合える世界です。

違いを受け入れる」って結構大変なことだと思うので、別に身構えて「受け入れる」必要はないかと思うんです。発達障害などのマイノリティーも、いつか朝ごはんは「パン派」か「ごはん派」かみたいに、「へぇー君はそうなんだ、僕はこうだよ」くらいの感覚のものになったらいいですよね。

自分にできることはまだまだ限られていますが、これからも自分の思いをいろいろな人達に伝えていく中で、少しずつ障害のない社会をつくっていきたいと思います。

中尾が思い描く未来は、優しさ温かさにあふれていました。

※本インタビューは2019年に行ったものです。当時中尾は指導員として勤務しておりましたが、2021年1月現在ではLITALICOジュニア京橋教室の教室長を担っています。

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