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22新卒内定者blog 〜久保寺 勘太〜

冒頭挨拶

初めまして!2022年4月にUUUMに新卒入社予定の久保寺 勘太と申します。
趣味は野球で大学時代に野球サークルを立ち上げたり、プロ野球ではヤクルトスワローズの大ファンです。
本日は私のこれまでの学生生活や就職活動について紹介させていただきたいと思います。

学生生活

人生を通して周りの人には「変わり者だね」と言われることが多かったです。
小学生・中学生の頃はそれがコンプレックスで、とにかく目立たず周りに溶け込みたいと考え過ぎてしまい、結果的に逆に浮いて空回りをしていじられたりすることもありました。
しかし、高校生のときに周りに合わせて無理するよりも、個性がある人間の方が価値が高く愛されるのではないか。と考えるようになり、自分の感性に従って生きるようになっていきました。

大学ではサークルに入って大好きな野球をやりたいと思っていました。
ですが野球サークルの実態はほとんどが飲み会中心となっており、そこへ溶け込める気がまったくしませんでした。。。
そこで、理想の野球サークル(野球をやることが中心のサークル)がないなら作ってしまえば良いと考え、自ら野球サークルを設立しました。
初期のメンバーは3人程しかおらず少人数の中、広いグラウンドで日々ノックをしたりしていました。
試合なんて夢のまた夢の話だと絶望していましたが、多くの新入生歓迎会に参加しできる限り多くの1年生を勧誘したり友達の友達に声を掛けたりなど、泥臭く人数を集めることに従事した結果、ギリギリ試合ができる人数にまで到達することができました。

私自身それまで自分から率先して引っ張っていくリーダーのような性格でもなく、リーダーというような経験も何もありませんでしたが、コツコツ運営を頑張り、全国から30チーム程が集まる大会で入賞できるようなチームにすることができました。
無謀そうなことでもやってみればなんとかなるし、チャレンジしてみる、コツコツやれば上手くいくという自信が サークル設立から運営での経験で染みついたと感じています。

暫定人生1番の挑戦

大学2年生の終わりごろ、友達と2人で初めての海外旅行としてスペインに行きました。
初の海外ということもあってか絵本の中のようなヨーロッパの街並みに強く心を打たれました。
スペイン以外のヨーロッパの街並みもきっと素晴らしいに違いないと感じ、実際に他の国にも行き色々な街並みを見てみたいと思い、ヨーロッパ1周をするという夢を持ちました。
当時は2年後の卒業旅行でその夢を叶えよう!と漠然と考えていて、少しずつ貯金してその時に備えるように計画していました。
しかし、後回しにしていては夢で終わってしまうのではないかと危惧し、スペイン旅行から半年後の大学3年生の夏に行くという方向にシフトしました。
アルバイトを掛け持ちして週7で勤務し、約半年間で30万円ほどを貯め、無事に大学3年生の夏にヨーロッパ1周旅に出発することができました。
理想は友達と行きたかったのですが、2ヶ月間という長い期間だったので一緒に行ってくれる友達が見つからず、一人で行くこととなり、人生初一人海外ということにもなりました。

パリの北区(治安悪目の地区)のドミトリーで麻薬中毒者とルームメイトになり怖い思いをしたり、イタリアのレストランでカード決済可と書いてあったので現金未所持で食事を済ませたらカードは使えないと言われ無銭飲食になってしまったり(パスポートを店に置き、戻ってくるという安心感を店員に与えた上でホテルに現金を取りに戻り事なきを得る)トラブルは多々ありましたが、そのトラブルも含めて様々な経験をして楽しく旅して帰国することができました。

このヨーロッパ1周は人生で2回目の海外旅行で、しかも海外旅行の経験が一度しか無く英語も喋れない自分が一人でヨーロッパ17カ国を1周したという経験から、無謀そうでもチャレンジし、行動してみればなんとかなるという自信が更に自分の中に浸透しました。

そして旅の半年後、世界にコロナという脅威のウイルスが蔓延し大学4年生時には海外旅行には行けない情勢になっていました。
もしあの時後回しにしていれば旅に出発できなかったことから、やりたいことは常に最短で実行しないとチャンスを逃すかもしれないという教訓にもなりました。

(クロアチア ドゥブロヴニク 魔女の宅急便の聖地)

(訪れた国・都市)


就活について

私は大学4年生になるまでずっと将来やりたいことが見つからず、不安でたまりませんでした。
しかし、大学4年生になってから真剣に将来について考えるようになりました。
コロナを経験したことや、将来は海外に移住してみたいと夢見ていることもあり、どんな場所にいてもパソコン1 つあれば仕事ができる、お金を稼げる、そんな仕事に就きたいと考えました。
そこで出会ったのがWEBプログラミングでした。
私は文系出身ですが、エンジニアという職種には昔から興味がありました。
真剣に調べてみるとWEBエンジニアは文系出身でも頑張って勉強すればなれるということが分かりました。

大学を休学し1年間毎日勉強を続け、WEBアプリケーションのポートフォリオを作り上げました。
そのポートフォリオを引っ提げて就活に挑むようになりました。
プログラミングは私にとって未知で難しいものでしたが、挑戦してみて本当に良かったと思っています。
サークル設立やヨーロッパ1周旅などで培った、無謀そうでもとりあえずやりたいことはすぐに挑戦してみるの精神が就職活動において活きているのだと自負しております。

就職先としての企業を探すときの軸は、2つありました。
①エンジニアとして採用される
②世に沢山の良質な情報を拡散するような事業(主に広告業界)
①の理由としては、実際にプログラミングを行ってみて非常に楽しく没頭できたので天職だと感じたこと。
②については、現代が情報社会と形容される中、多くの情報が錯乱としていて、自分にとって必要で有益な情報をピンポイントで探し出すのが難しくなってきていると感じ、知らないというだけで大きく損するような情報も沢山存在するなと思っていて、そこで情報に疎い人が損をしないように手助けをしたいと思っていたこと。
上記の理由から、この2軸に定めて色々な企業にエントリーをしました。

UUUMに決めた理由

UUUMも自分の定めた2軸と非常にマッチしていると考えエントリーをしました。
私は東海オンエアが大好きで、受験期などの辛い時期に彼らの動画を見ることによって元気を貰い励まされることが多かったです。 普段からよく動画を見ていたため、自分にとってUUUMという企業が馴染みのある会社になったきっかけは間違いなく東海オンエアでした。

しかし、就活を始めた当初、UUUMではエンジニアという職種は存在するも新卒でのエンジニアの採用は行っていませんでした。そのため他社での選考を進めていた状態でした。
ですが4月頃にWantedlyを見ていたところエンジニアの2週間インターンが突然募集されました。
他企業でもインターンから本採用の流れは聞くことが多く、これは千載一遇のチャンスと思い選考を受け、インターンのメンバーに選ばれることができました。

インターンでは実際にUUUMでの業務に使う技術に触れながら授業形式で開発を行うというものだったのですが、とにかく使う技術が最先端でキラキラしていると感じました。
エンジニアが扱う多くの技術はざっくりと分けるとレガシーな技術とキラキラした技術があります。
レガシーな技術を習得してもエンジニアとしての市場価値が上がりづらかったりするのが現実です。
その点、UUUMのシステムユニットの技術力はかなり高いということが分かりましたし、エンジニアとして自分がスキルアップできる、強くなれる環境だと感じました。

また、絶対にUUUMへ入社したいと感じるようになった大きなきっかけが『人』でした。
エンジニアは躓いても自力で解決していく自走力がとても大事であるのですが、未経験スタートだとどうしても厳しい場面が出てくると予想しています。
インターン中に出会った社員の方々は本当にたくさん面倒を見てくださり、いい人に恵まれていました。
時にはお昼休みを返上してまでインターン生に対して熱心に教えてくださる方もおり、業務で厳しい場面に遭遇してもこの社員の方々がそばにいれば乗り越えられると感じました。
そして与えられた恩を入社して活躍することにより、返していきたいとも思いました。

その後インターンが終わり本選考へ進むことができ、無事に内定をいただくことができました。
私の場合、面接は緻密に練って台本通りの台詞を自信満々に言い切ることで通過することが多かったのです が、UUUMでの面接では緻密に練るというよりは、素で自身の考えや想いをぶつけるという感じで臨みました。
結果、今までの面接で一番上手くいったのではないかと自己評価しています。

今後のビジョン

色々夢はありますが、まずは自走できるエンジニアになることです。
現在(2021年10月)は内定者インターンをしている最中なのですが、チームリーダーに常に助けてもらっている状態なので1日でも早く一人でタスクをこなして会社に貢献したいと思っています。

プライベート面では格闘家のような無駄のない筋肉をつけて細マッチョになりたいです。
いい身体してるエンジニアってギャップがあって格好良くないですか?
1年弱ジムに通って鍛えているのですが、筋肉は甘くないですね(笑)

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